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宇都宮地方裁判所足利支部 昭和38年(ワ)11号 判決 1965年1月19日

原告 高橋良治 外二名

被告 東武鉄道株式会社

主文

被告は原告良治に対しては金弐百参拾四万六百九拾参円、原告梅治同トヨ子に対しては各金拾万円及び右各金員に対する昭和三六年五月七日より支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告良治のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は二分し、その一を被告、その一を原告らの負担とする。

この判決は執行前担保として原告良治において勝訴の部分に限り金五拾万円、原告梅治同トヨ子において各金弐万円を供するときはそれぞれ仮りにこれを執行することができる。

事実

原告ら訴訟代理人は「被告は原告高橋良治に対し金六〇〇万円、原告高橋梅治に対し金一〇万円、原告高橋トヨ子に対し金一〇万円及び右各金員に対する昭和三六年五月七日より支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とするとの判決並に仮執行の宣言を求め、その請求原因及び被告の主張に対する答弁として次のとおり述べた。

(一)、被告会社は一般乗用旅客自動車運送業を営むものであるが、被告の被用者である自動車運転者訴外小島和夫は、昭和三六年五月六日午後六時五分頃、被告会社所有の一般乗合自動車を運転して群馬県桐生市菱町黒川一丁目四九三番地先道路の中央辺を栃木県足利市小俣町方面より桐生市方面に向い進行中、進路前方約五〇米先の道路右寄りに、反対方向より自転車に乗つて時速約一五粁で進行して来た原告高橋良治(昭和二四年一月二八日生、当時一二歳)外一〇数名の学童を発見したのであるが、同所は同人らの方向より見て下り坂となつており右カーブで両側には砂利が出ていて自転車による通行が困難の状況にあつたのであるから、このような場合運転者としては、同人らが曲りそこのうか、接近する自動車に驚いてハンドルをきりそこのうか、または砂利に車輪を取られて運転を誤るようなこと等があるかもしれないことを予想し、努めて左側に寄ると共に原告良治ら年少者の挙動に注意して、その動静に応じいつでも停車をなし得る程度に徐行し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、右訴外人は不注意にもこれを怠り、安全にすれ違いができるものと軽信し、同所を依然として約四〇粁の速度で進行を続けた過失により、原告良治に先行する中学生がよろめき、つづいて原告良治がよろめいたのに危険を感じ、ハンドルを左に切ると同時に急停車の措置をとつたが、時既に遅く前方に転倒したのを右前輪で轢き因つて原告良治に顔面挫滅裂傷、下顎骨折、左右上肢滅創、下腿擦過傷、左眼失明等の重傷を負わせたものである。

(二)、そのため原告良治は受傷後直ちに桐生市浜松町太田病院に入院し左右上肢切断の手術をうけ、昭和三六年六月九日まで同病院において治療、同月二九日全快するに至つたものである。

(三)、前記のとおり、本件事故は訴外小島和夫が被告会社の自動車運転者としてその事業の執行中惹起したものであるから被告会社は原告らに対し原告らの被つた損害を賠償すべき義務がある。

(四)、本件事故によつて原告良治の被つた財産上の損害は合計金七九五万九五八四円である。

すなわち、原告良治は前記のとおり左右上肢切断、左眼失明等の不具者となつたため終生収入を得られる見込がないから将来得べかりし収入の全部を失つたというべきであり、これを中労委の「賃金事情調査」によるモデル賃金表に基づき且つホフマン式によつて計算すると別表のとおり合計金七九五万九五八四円となる。

(右は原告良治は本件事故当時満一二歳であつたから厚生省発表第九回日本人平均余命表によりその平均余命は五三、五七年であるところから満六〇歳に至るまで健康で収入を得られることが必定であるとの根拠に基づき算定したものである。)

(五)、又原告良治は前記のような不具者となつたため通常人として生活し人生を楽しむことが永久に不可能となり、不具者として常に精神的苦痛を被る一方その日常生活は洗面、食事、大小便、入浴等すべて人手をかりねばならぬ等精神的損害は金二〇〇万円を相当とするから被告は原告良治に対し慰藉料として金二〇〇万円の支払の義務がある。

(六)、原告梅治並に原告トヨ子は原告良治の実父母であり、原告良治が前記受傷の結果不具者となり、終生忘れることのできない精神的苦痛を受けたので慰藉料として被告は原告梅治及び同トヨ子に対し各一〇万円宛支払の義務がある。

(七)、よつて被告に対し原告良治は前記(四)の財産上の損害金七九五万九五八四円のうち金五〇〇万円及び(五)の慰藉料のうち金一〇〇万円合計金六〇〇万円、原告梅治同トヨ子は各前記(六)の慰藉料金一〇万円宛及び右各金員に対する本件不法行為発生の日の翌日である昭和三六年五月七日より支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求む。

(被告の主張に対する答弁)

被告の主張事実中本件バスに構造上の欠陥並に機能上の障害がなかつたことは認めるがその余の主張事実中原告らの左記主張に反する点は争う。

(一)、事故現場の状況について

本件事故現場の道路の有効巾員は四・七乃至四・八米であり北側に〇・五米(溝状をなしている)南側に〇・四米の路肩があるので全体の道路の巾員は約六米に近く、道路には事故当時砂利が敷きつめられており自転車による通行に障害となつていた。

(二)、事故当時のバスの速力について

本件事故直後原告側において大型車(車種は本件バスと異る)により事故現場を試験運転したところ本件バスの事故直前の時速約四〇粁と推定されたのでかかる速度による運行は事故当時の諸般の状況から許されない。

(三)、本件バスの事故当時の道路上の位置について

本件バスは丁度道路中央を進行しおり原告良治を轢いて僅かにハンドルを左に切つたにすぎない。しかして如何なる場合といえども自動車を進行せしめる場合にはその道路上に余裕のある場合は左側にできるだけ寄せて操縦することが対向して来る人車のための当然の措置といわなければならない。本件の場合においても道路の有効巾員は四・八米であり、車巾二・四米としてバスは道路の中央を進行していたのであるからバスの左側になお一・二米の余地があり更に路肩の〇・四米が残されておるのであつて充分左側に寄せて進行し得たのであるからかかる操縦をしなかつた小島にこの点においても過失があつたものといわなければならない。

(四)、被害者の自転車の速度、現場見通し等について

原告良治が自転車により対向疾走して来た時速は約一五粁以下であつた。事故現場はバスからの進路は稍勾配があるが原告良治の被害直前の進路は勾配はなく見通しは稍困難であるがバス・自転車から相互に前方五〇米の見通しは充分可能であつたからバス運転につき何等の支障はなかつた。

(五)、バス運転者の前方注視義務違反、警笛吹鳴について

小島は前方注視義務を怠り漫然時速約四〇粁で進行し、しかも警笛を全然吹鳴せず原告良治が転倒するのを見て狼狽急ブレーキを掛けたに過ぎない。

(六)、小島が適切な急停車の措置をとらなかつたことについて

小島が原告良治において前方より自転車で疾走し来り次いでフラフラするのを約一〇米前方で現認したとしたならば何故に停車し事故の発生を防止し得なかつたのであるか。バスが時速三〇粁で進行していたとすれば直ちに急停車の措置をとれば完全に二米弱で停車し得た筈であるのに実況見分調書添付図面(甲第四号証)によつて明らかなとおり×点においてバスの前輪をもつて原告良治を轢きB点まで約一米ひきずつているところからしても小島は被告の主張するような適切な措置をとつていなかつた。

(七)、本件の場合に時速二五粁乃至二〇粁をもつて進行した場合に徐行といい得るか否やについて

仮りにバスの進行速度が被告の主張するように時速二五粁乃至二〇粁であつたとしても前記のとおり事故現場の道路の状況や原告良治らのような年少者らが多数で対向して自転車に乗つて進行して来るような場合は決して徐行していたとはいい得ない。

成程徐行の程度については法令上別段の規定はないが本件のように悪路で道路の巾員狭く、人の交通の瀕繁の場合(本件道路は通常は瀕繁な人車の往来があるとはいい得ないが本件事故当時は前記のとおり中学低学年生が対向して引続いて進行して来たのであるから瀕繁な交通状況にあつたものといい得る)には自ら最大の徐行をなすべきことは当然であり、運転者としては危険を感じたときは直ちに右の情況に対処して急ブレーキにより停車し得る程度の徐行をなすべき業務上の注意義務があるものと解すべく、被告の主張するように時速二五粁乃至二〇粁が如何なる場合においても徐行であるとはいい得ない。

(八)、自動車の停止距離について

自動車の停止距離は被告の主張のとおりでない。被告の主張するようにアスフアルト舗道(乾)の停止距離が時速二〇粁のときは八・二〇米であるとするならば危急の場合の急停車の措置は殆んど用をなさないことになり又吾々の経験則からもかような事例はないのであつて急停車のための制動装置は瞬時にして働らき被告の主張するように空走距離の介入する余地はない。況んや本件道路は砂利道でアスフアルト道に比較して停止距離は短縮せられると見るのが常識である。

(九)、本件道路上におけるバスの進行状況について

本件道路の有効巾員は前記のとおり四・八米であり、バスは道路の中央部を進行していたのであるから車巾二・四米としてなお左右両側に一・二米の余地があり、左側には右余地の外に〇・四米の路肩があり決してバスが車巾一杯に左側を進行していたとはいい得ないのであつて、なお一米左側を進行してもその前後の車輪が車巾より内側に存在していることに鑑みバスの運転に危険を及ぼすことはない。

しかして原告良治は受傷後両上肢の切断手術を受けたが他の傷害部分は兎も角としてバスが約三〇糎左側に寄せて運転せられたならば右のような両上肢切断の事故は起らなかつたのである。

(一〇)、小島が事前に原告良治ら一〇数人の年少者が自転車で対向して進行して来るのを目撃したのにこれに対しとつた措置について小島は事前に一〇数人の年少者が悪道路を自転車で対向進行して来るのを認めたのであるから、このような場合何時右年少者がハンドルを切りそこなつたり又砂利に車輪をとられて転倒するかわからないのであるから小島としては努めてバスを左側に寄せ運転すると共に何時でも停車し得るよう最徐行をなすべきであつたのにこれを怠つた点に同人の業務上の過失責任がある。

(一一)、本件の場合停車すべき義務はいずれの側に存するか

本件の場合軽車両の原告良治側に停車の義務は存在しない。すなわち、自動車そのものが高速度でかつ他に危険を及ぼすこと大であり一朝人身に触れる場合は自らの損害はなくとも他に与える損害は過大なものがあることは常であるところからして事故の発生する以前において横断者の有無、対向者の動静に常に注意し、場合によつては停車し或は直ちに停車し得るような状況で運転しなければならないことは勿論であり、殊に本件のように対向者が原告良治のような年少者の場合は特段の注意を払わなければならなかつたことはいうまでもない。これを要するに小島は過去において交通事犯の前科七回あり又「平素荒つぽい運転をする傾向がある」(甲第三号証末段)ので本件の場合も亦同人の不注意極まる乱暴な運転の結果による事故といわなければならない。

(一二)、被告の過失相殺の主張について本件事故現場は原告良治が常に往来している所でなく、道路の状態等にも暗くしかも当時一二年三カ月余で危険に応じて瞬間的に適切な行動をとることは到底期待できない。従つて充分な弁識能力に欠けていたから事故発生について過失を論ずべきでなく被告の過失相殺の主張は失当である。(昭和二八年(オ)第九一号昭和三二・六・二〇最高裁判所第一小法廷判決参照)

立証<省略>

被告訴訟代理人は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

(一)、請求原因(一)のうち被告会社の目的が原告主張のとおりであり、訴外小島和夫が被告会社の自動車運転者であり原告ら主張の日時被告会社の従業員として被告会社所有にかかる一般乗合自動車を運転して原告ら主張の場所をその主張の方向に向い進行中、反対方向より自転車に乗つて疾走して来た原告良治が転倒し、その左右上肢を右自動車の右前論で轢いたことは認めるが、その余の事実中被告の左記主張に反する点は争う。

同(二)の事実は認める。

同(三)の事実中訴外小島和夫が被告会社の自動車運転者としてその事業の執行中、本件交通事故を惹起したことは認めるがその余の事実は否認する。

同(四)の事実中原告良治が本件事故により左右上肢切断、左眼失明等の不具者となつたこと、同原告が当時満一二歳であり、満一二歳の男日本人の平均余命が五三、五七年であることは認めるがその余の事実は争う。

同(五)の事実は争う。

同(六)の事実中原告ら三名の身分関係は認めるがその余の事実は争う。

同(七)の事実は争う。

なお右小島が本件事故発生の直前警笛を吹鳴しなかつたことは認める。

(被告の主張)

(一)、訴外小島和夫はバスの運転者として注意義務をつくしたにもかかわらず本件事故の発生はさけることができなかつたものである。すなわち、事故現場である桐生市菱町黒川一丁目四九三番地先附近道路は、有効巾員約四・七米の砂利を敷いた県道であつて、小俣町方面から桐生市に向い、約四〇分の一位の上り勾配となつており、一直線ではなく稍左曲線をなし、道路の中央部分は、諸車や人の通行により踏みかためられ、両側部分には砂利が散乱していたが、砂利道に通常見られる状態で、特に通行に甚だしい障害となるほどのものではなかつた。しかして小島が運転していたバスは車体の巾二・四米(道路の有効巾員の半分強)車体の長さ八・八五米、車両総重量七トン九三〇で、小島は桐生市に向い時速約二五粁の速度で道路の右端から約二米の間隔をおいて道路の中央寄り左側を進行していたところ、前方約五〇米の地点を原告良治を先頭に三名の中学生が自転車に乗り、バスと殆んど同じ位の速度で対向疾走して来るのを認めた。その時バスの右側道路部分はバスと自転車とが裕にすれ違い得るほどあいていたが、自転車は下り勾配の道路を疾走して来る上に見通しも余りよくないので、小島は万一を慮り、何時でもバスを停めることができるよう、ブレーキに足を掛け時速約二〇粁に減速し、前方を注視しながら進行を続けたところ、原告良治と約一〇米に接近した際同原告の乗つた自転車がフラフラとしたので危険を感じ、急拠ハンドルを左に切ると同時にブレーキを踏み、バスは約七、八米(約車体の長さ)進んで停止したが、同原告の自転車は約四米スリツプし、同原告良治は自転車もろとも横転し、ブレーキのかかつていたバスの右前輪でその両上肢を轢いたものであるから本件事故は小島がバスの運転者としての義務をつくしたにかかわらず発生したものというべきである。

「徐行」の程度については法規に規定がなく、バスの最高速度は時速五〇粁であるからその半分以下である時速二五粁乃至二〇粁は徐行と解すべきであり(東京高等裁判所昭和二九・五・三一判決参照)両上肢をいた個所は道路の略中央であつたから小島が道路の中央から右側にはみだすことなく、道路の左側部分一杯に進行したとしても左側部分の有効巾員とバスの車体の巾員とは略同一であつたので本件事故の発生は到底避けることができなかつたというべきである。

又いつでも停車できる程度に徐行しなければならないといつても危険を感じ急制動の措置をとれば直ちに停車するのでなく技能速度その他の条件により距離の長短はあるが停止距離(空走距離に制動距離を加えたもの)と呼ばれる一定の距離を進行して初めて停止するものであり、この停止距離は乾燥したアスフアルト舗道の場合、時速一〇粁のときは三・四六米(空走距離二・八米制動距離〇・六六米)、時速二〇粁のときはハ・二〇米(空走距離五・六米制動距離二・六米)が標準であるといわれているところであり、本件事故現場は上り勾配の砂利道で右と同一に律することはできないが、停止距離は場合によつては長くなることも考えられる。小島が急制動の措置をとつたとき原告良治の自転車はどの位の速度で下り勾配の道を疾走して来たか不明であるが、少くとも約四米スリツプして進行方向の右側に倒れたのであるから本件事故は到底避け得られないものであつたということができる。

仮りに小島が時速一〇粁で徐行したとすればバスの停止距離は通常約三・四六米となり自転車がスリツプし自転車もろとも横転してもバスが原告良治に接触することを免れたろうといわれるかも知れないが、同原告が乗つていた自転車がどこでフラフラ倒れそうになるか全く予測し得ないのだから小島が二〇米前方に原告良治の自転車がフラフラするのを認め直ちに急制動の措置をとつたとすれば、バスの速度が時速二〇粁であつても事故は起らなかつたであろうし、反対に時速一〇粁の徐行であつてもバスの前方六米の所で自転車がフラフラしたのを認め直ちに急制動の措置をとつたとしても事故の発生は到底免れないところであつたであろう。従つて対向している車両がどこで進路を誤り事故の原因を起こすか判らないような場合はいずれか一方の車両が停止し、他の車両と無事にすれ違うことのできるような措置をとる外ないであろう。本件現場は有効巾員約四・七米の狭い県道ではあるが道路法(第四二条、第四三条)上徐行又は一時停止をすべき場所でなく本件バスは定期に運行するもので数名の乗客があつたのであるから他の車両とすれ違う場合停止して他の車両の安全通過を待たねばならない義務をバスの運転者に負わしめることは社会通念に照らし妥当ではなく、むしろ却つて軽車両である自転車を操縦していた原告良治は重車両であるバスを発見した場合事故の発生を未然に防止するため自転車を止め或いは自転車から下車してバスに道を譲り、バスが定期に安全に通過することができるようにすると共に自己の身を護るべき義務があつたとするのが相当である。(昭和二九・二・一仙台地方裁判所判決。昭和三三・一一・五高松地方裁判所丸亀支部判決参照)しかるに原告良治は右の注意義務を怠り、安全にすれ違い得るものと軽信し、高速度で下り勾配の道路を疾走し、自転車もろとも横転し、ブレーキのかかつたバスの右前輪で両上肢をかれたもので本件事故の発生につきバス運転者である小島に過失なく被害者である原告良治に過失の責があり、本件バスに構造上の欠陥並に機能上の障害がなかつたから本件事故によつて原告らの蒙つた損害を賠償する責任はない。

(二)、仮りに被告会社が損害賠償の義務を負うとしても、自転車を運転していた原告良治は当時一二歳であつたが中学生であり定期バスの何たるかを知つていた筈であり、かつ自転車を自由に操縦することができたのであるからバスの進行を注視し事故の発生を未然に防止し自己の身を護ることができるように自転車を慎重に操縦しなければならないのに、それをしないで先行の同僚と同様に無事にバスとすれ違うことができるものと軽信し、無謀にも高速度で下り勾配の道路を疾走した不注意もあつて発生した事故というべきであるから被害者たる原告良治の右過失は賠償額の算定に当つて斟酌すべきである。

立証<省略>

理由

一、被告会社が一般乗用旅客自動車運送業を営むこと、被告会社の被用者である自動車運転者訴外小島和夫が、被告会社所有の乗合自動車(以下バスと称する。)を運転して昭和三六年五月六日午後六時五分頃、群馬県桐生市菱町黒川一丁目四九三番地先を栃木県足利市小俣町方面より桐生市方面に向い道路の中央寄り左側を進行中、右バスの右前輪で反対方向より自転車に乗つて進行して来た原告高橋良治(昭和二四年一月二八日生)の両上肢を轢き、原告良治が左右上肢切断の手術を受けたことは当事者間に争いがない。従つて被告は右バスの保有者として自動車損害賠償保障法第三条但書の事由を証明しなければその責任を免れない。

二、被告会社は運転者小島和夫には過失がないと主張するによつて検討する。

成立に争のない甲第二号証より第八号証まで甲第一〇号証より第一三号証まで、検証の結果を総合すれば、

本件事故現場付近の道路は全巾員五・七米であつて桐生方面に五度乃至六度の登り勾配をなし、路面は非舗装で岩砕石が露出している凹凸道で、中央部がやや高く両端部がやや低くなつていること、道路の全幅員のうち、西側には砂利の敷かれた部分と草地の部分が約〇・五米あり、東側には砂利の敷かれた部分と草地の部分が約〇・四米あり、砂利及草地になつている路肩は通行困難であること、現場付近の両側には樹木が茂り、道路がやや屈曲しているので、双方からの見通しは約五〇米しかきかないこと、現場付近には何らの交通標識も存在しないこと、本件バスの車体は巾二・四米(道路の有効巾員の約二分の一)、長さ八・八米であること、運転者小島は時速約二五粁でバスを運転中現場手前において(検証図面(イ)点)桐生市菱町黒川方面より足利市小俣町方面に向つて野球帰りと思われる中学生五、六名の乗車する自転車とすれちがい、ついで約一二米進行した地点(同上<ロ>点)で前方約四九米の地点(同上<ニ>点)を原告良治を先頭に後続の二、三名の中学生のグループが自転車に乗り、危険と思われる程度の速度で対向疾走して来るのを認め、小島は時速約二〇粁に減速したのみで警笛も呼鳴せず先行の中学生のグループが無事に自車の右側を通過した故原告良治らのグループも亦無事に右側を通過し得るものと考えそのまま進行したこと、バスが原告良治の約一〇米の手前まで接近した際、良治の乗つた自転車がフラフラしたので、小島は俄かに危険を感じ、急いでハンドルを左に切ると同時にブレーキを踏み、急停車の措置をとつたところ、バスは約八米進んで停止したが、その直前原告は突然自転車もろとも道路の内側に横転し、ひとたまりもなくバスの右前輪でその両上肢を轢き原告良治はその主張の傷害を蒙り、このため左右上肢切断の手術を受けたこと、

以上の事実を認めることができる。

してみると小島は右のような場合に自動車運転者として時速約二五粁を約二〇粁に減速するにとどまらず、対向車と安全にすれ違い終るまで対向者の姿勢態度を終始注視し、何時でも急停車をなし得る措置を講じ、或いは現場付近の道路の有効巾員は四・八米、車巾は二・四米で自車の左側になお一米余の余地があり更に〇・四米の路肩が残されているので自ら速に、より左側に避譲する等相手方自転車との間に相当の間隔をおいてすれ違いする等の配慮をなし、対向車が接近する自動車の出現に狼狽しハンドルを切りそこのうか或いは路面の砂利に車輪を取られて運転を誤る等異常の行動に出ることがあつても、これと接触衝突を来たさないよう危険の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにかかわらずこれを怠り、因つて本件事故を発生させたもので小島の過失により原告良治に傷害を負わせたものといわなければならない。よつて右事故は小島が被告会社の業務の遂行としての運転中惹起されたものであるから被告会社は自動車損害賠償保障法第三条に基づき原告らの蒙つた損害を賠償する義務がある。

二、原告良治の財産上の損害について判断する。

原告良治が昭和二四年一月二八日生の男子であつて本件事故当時の年令が一二年三月であることは当事者間に争いなく、同原告が通常の健康体を有していたことは被告の明らかに争わないところであるので、昭和三五年一二月厚生省統計調査部発表第一〇回簡易生命表によれば昭和三五年度における一〇才の男子の平均余命が五八・六四年であるから原告良治が少くとも六〇才までは稼働が可能であると推定される。

原告本人梅治尋問の結果によれば原告良治が前記のような傷害を受けなければ少くとも高等学校を卒業し就職或いは家業に従事し、いわゆる可働年令の間は収益を得ることが十分可能である事実が認められる。しかして良治が学業を終了し、将来どのような職業に就くかは予測することが頗る困難であり、従つてその労働力をどのように評価すべきかはこれ亦頗る困難な問題であるが、その職業がいずれであるにしても右収益は少くとも小規模経営における高等学校卒業者の初任給を基準としてこれを算定する外他に適当な基準を見出すことが困難であり、労働省職業安定局「新規学卒者初任給調査」によると昭和三六年度における一五人以上九九人以下の労働者を常用する製造業の高等学校卒業者の初任給は一ケ月金八、四五〇円であるから原告良治が前記のような傷害を受けなければ高等学校を卒業する満一八才より満六〇才までの四二年の間稼働して少くとも毎月右給与額の収入を得ることができたものと認めるのが相当である。原告らは中労委の「賃金事情調査」によるモデル賃金表にもとづき右収益を算出しているが右調査は昭和三〇年より三五年に亘る、規模一〇〇〇人以上の製造業における一定の学歴(卒業後直ちに就職)、勤続年数、扶養家族数を有する労働者の、一時点における横断面的な賃金状況を示すにとどまり、それが将来に亘つての昇給状況を示すものではないので、本件の場合における収益算定の基準としては適切でないと解せられるので採用しない。原告良治、同梅治各本人尋問の結果を総合すれば原告良治は、本件事故により、前記のような受傷並に左右上肢切断手術の結果、全労働能力を喪失したと認めるのが相当であるから四二年間毎月給与額金八四五〇円(年間金一〇万一四〇〇円)の割合による収入を失つたものとみられる。しかして原告良治は事故時の昭和三六年五月六日より就職予想時の昭和四二年四月頃まで約六年間学生であるのでこの無収入であり、その後四二年間は毎年末金一〇万一四〇〇円宛の収入があつたものとみられるので年金的純益の現価(事故発生時)を法定利率年五分のホフマン式計算法により中間利息を控訴して算定すると金一九二万五八六七円が事故当時の現価となり、従つて右同額が原告良治の得べかりし利益の喪失による損害となるわけである。

(求める年金的純益の現価は毎年末金一〇万一四〇〇円宛四八年(6年+42年=48年)間継続する年金的純益の現価より毎年末金一〇万一四〇〇宛六年間継続する年金的純益の現価を控除したものに等しい。

101,400円×{(利率5%、期数48の単利年金現価率)-(利率5%、期数6の単利年金現価率)}=101,400円×(24.12637265-5.13360118)=192万5867円027058円未満切捨

三、原告らの慰藉料について判断する。

(一)、原告良治の慰藉料について。

原告良治が前記認定のとおり通常の健康体を有しながら本件事故により前記の傷害を受け、左右上肢切断の手術の結果一生義手を装用するのやむきに至り、今後日常生活にも著しい障害を来たし、これがため、原告良治が過去現在において多大の精神上の苦痛を蒙り又将来長い一生の間にも同様の苦痛を蒙ることは想像に余りあるので、原告良治は被告会社に対し本件事故によつて蒙つた精神的損害に対し賠償を求める権利がある。

(二)、原告梅治、同トヨ子の慰藉料について。

前記証拠によれば原告梅治、同トヨ子が原告良治の父母であり、原告梅治が木造亜鉛葺平家建建坪二二坪、敷地約四〇坪を所有し金銀糸販売業を営み、長男である原告良治の外長女キヨ子(昭和二一年五月生)二男栄次(昭和二七年五月生)の二子があるが、良治が本件事故により不具者となり、同人の日常生活について幼児に対すると同様な看護、助力を要する状態に立ち至り、当局に懇請の結果、辛うじて昭和三九年四月より群馬県桐生高等学校定時制一年に入学を許可せられたものの、本件事故により原告梅治、同トヨ子が両親として受けた精神上の苦痛は甚大なものがあると認められ、以上認定の事実関係の下においては原告梅治、同トヨ子はその子の死亡したときにも比肩し得べき精神上の苦痛を受けたと認めるのを相当とするので、かかる民法第七一一条所定の場合に類する本件においては同法第七〇九条第七一〇条に基づいて自己の固有の権利として加害者に対し本件事故によつて蒙つた精神的損害に対し賠償を請求し得るものといわなければならない。

(三)、右(一)(二)の慰藉料額について。

被告会社が自動車運送業等を営む当地方随一の大規模の会社であることは顕著の事実であり、右事実その他本件に現われたすべての事情を参酌して慰藉料額は原告良治については金一〇〇万円、原告梅治、同トヨ子については各金一〇万円をもつて相当とする。

四、過失相殺の主張について判断する。

被告の過失相殺の主張に対し原告らは、原告良治は当時一二年三ケ月余で事理を弁識するに足る知能が具つていなかつたから被告の過失相殺の主張は失当である旨抗争するけれども、前記認定のとおり原告良治は本件事故当時、一二年三ケ月の普通健康体を有する男子であり、また成立に争のない甲第一四号証、原告梅治の供述により認められるようにすでに中学校一年生として学業成績も悪くなかつた子供であつたので交通の危険につき弁識があつたものと推定することができるので、原告良治は被害者たる未成年者の過失をしんしやくするにつき事理を弁識するに足る知能を具えていたものといわなければならないので原告らの右主張は採用しない。よつて原告良治は本件事故につき如何なる過失があつたかについて検討する。

前顕証拠によれば原告良治は進路の路面並に両側の状態が前記のとおり自転車で通行する者にとつて良好でなく、しかも始めて通行する下り勾配の道路を危険と思われる速度で疾走し事故を惹き起こしたものと認められる。翻つて考えるに凡そ道路を通行する者はひとり自動車の操縦者に限らず何人でも他の通行人車馬に充分の注意を払い他との衝突、接触等の危険から身を避け、殊に自転車のような軽車両を操縦する者にあつては努めて自動車のような高速重量車両に道を譲るべきであり、殊に本件のような砂利道のため、道路の巾員を充分には利用できない場合は、ややもすると対向する自動車に出会い、これに接触し或いは狼狽してハンドルを切りそこのうか或いは路面の砂利に車輪を取られて運転を誤る等の慮れがあるから速かに下車して避譲する等危険を自ら避けるべきであるのに、血気にはやりそのような配慮を欠き、因つて本件事故発生の重大な一因を作つたものといわなければならない。被告は原告梅治、同トヨ子に対しては過失相殺の点につき明確な主張立証をしていないものと認められるので

この点については判断を省略する。

右のとおりであるから被害者である原告良治の過失を斟酌し、同原告につき前段認定の損害額合計金二九二万五八六七円より二割を控除した金二三四万〇六九三円、原告梅治、同トヨ子につき各金一〇万円をもつて相当な賠償額と認める。

よつて被告会社は、原告良治に対しては金二三四万〇六九三円、原告梅治、同トヨ子に対しては各金一〇万円及び原告らに対し各右金員に対する本件事故発生の日の翌日であること当事者間に争いのない昭和三九年五月七日より各支払いずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるので、原告良治については右の限度においてその請求を認容し、その余は失当であるから棄却すべく、原告梅治、同トヨ子についてはその請求を全部認容することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 高野一郎)

別表 原告高橋良治の将来得べかりし収入の計算表<省略>

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